映画 ルドルフとイッパイアッテナの良い所悪い所 : アニメで犬ばかり見てるアニメで犬ばかり見てる

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    映画 ルドルフとイッパイアッテナの良い所悪い所

    • 2016/08/08
    普段犬映画ばっか見てるけど、ルドルフとイッパイアッテナは小学生の頃読んだ好きな本なので柄にも無く猫映画を見に行った。



    トレーラー見た通りストーリーは大体原作通り
    …と言ったらネタバレになるのかな?

    原作好きなのでこれは嬉しい。むしろもうちょっと現代チックにしても良かったと思う。

    とりあえず良かった所を挙げるとすればキャラクターのかわいさが良く描けていた。
    例えばルドルフの思い切ったデフォルメ。2頭身で頭の大きなデザインは犬派の自分でも関心した。

    2016y08m08d_204406473.jpg


    一番かわいかったのはスコティッシュフォールドの「ミーシャ」。オスばっかな話に必要な紅一点。
    しかしセリフは全然無い。本来1作目に出て来ないキャラだからストーリーに組み込む余裕が無かったのか。

    一方で野良猫のブサイクさが際立っており飼い猫のかわいさを引き立てている。
    野良猫は汚い毛並みで飼い猫はツヤツヤ綺麗な毛並といった表現の使い分けもリアルで面白い。技術的に見てもB級動物アニメ映画の中では毛並みの表現も悪くなかった。メイキング番組を見たところではこの映画のためにソフトを独自開発したんだとか。

    まあイッパイアッテナ以外の野良猫は喋りすらしないけど。


    これだけでも映画館まで見に行った価値は感じられた。期待よりも楽しめた印象。

    ただし、悪い点はたくさんある。(以下ネタバレあり)

    悪い点


    不親切な映像設計


    ルドルフは真っ黒なキャラクターだ。
    アニメにおいて黒いキャラというのは好ましくない。影が潰れて立体感が出しにくいし暗い場面では隠れてしまうからだ。それを理由に、原作で黒とされたキャラクターもアニメ化する時は明るめの色にデフォルメされることが多かった。(バルトもその一つ)

    ルドルフは原作でも特に黒さが強調されているキャラだった。製作者はきっと描きにくさを承知の上で原作を尊重したのだろう。さすがに黒すぎるのは問題なので白髪が追加されているが、原作を尊重する心意気は尊敬したい。

    だがもう少し黒いキャラを描く工夫をして欲しかった。

    193636.jpg

    例えばこのカットを見て欲しい。

    手前には暗い影を落としているが奥には日向がある。そのさらに奥には真っ黒な垣根があり、その上には明るい風景がある。
    これらの明度が違うストライプがルドルフを突き抜けているのはあまりにも不親切だ。

    それも1度や2度ではなく、この映画では何度もルドルフが背景に溶け込んでいる。見やすさまで考えて映像設計する余裕はなかったのだろうか。

    さらにこの映画の大半は黒いアスファルトの上で展開される。
    黒い影、黒い地面、黒い屋根。そこに黒いルドルフ。
    せめてルドルフが歩く地面くらい白いセメントにしてあげても良かったのでは?

    しかもこの映画はカットごとの明度が急激に変わる
    直前まで暗い場面だったのに、次のカットは目がくらむような校庭の白い砂が映ったり、また暗い校舎に移ったりする。同じチャプターでも明るさがめちゃくちゃで瞳孔の開け閉めが忙しすぎる。こういう映画を見るときはサングラスでもかけたほうがいいかもしれない。
    もっとも、それはルドルフが黒くなければの話だが。

    街並みが作り物っぽいとかレンダリングの質がどうとかいう話は予算が絡んで製作者も悩んだ部分だと思うが、この映画における情景の不自然さは全てを統括できる責任者の指揮不足か、構図を提案するデザイナーの不足にあったように思える。この部分が改善されればもっと印象的な映画になったことは間違いない。



    東京と岐阜の情景がほとんど同じ


    日本の住宅街がどこも似たり寄ったりなのはわかるが、これでは迷子という感情が湧かない。

    遠景で東京はスカイツリー、岐阜はロープウェイというランドマークを描いて区別をしているが住宅街の風景が同じすぎて遠くに来たという感覚が全く湧かない。それにロープウェイの描写は原作も行っており映画独自の表現ではない。これでは日本人はともかく外国人にはとても区別がつかない。

    映像にするのであればもっと思い切った区別をしてもよかったはずだ。



    圧倒的悪役不足


    おそらく映画版ルドルフとイッパイアッテナ最大の問題点はこれだ。
    映画版では人間の悪役がいないという問題が見られた。

    映画で、ルドルフは庭には出られる状態ではあったが、リエちゃんはルドルフが外に行くのを防ぐ素振りを見せていることから室内飼育されているとわかる。

    知らない人向けに原作の設定を少しおさらいしてみよう。

    ルドルフはリエちゃんの飼い猫だが放し飼いにされており、たびたび魚屋から魚を盗んでは主人に追いかけられていた。

    ある日、主人はルドルフを捕まえるために何度も石をぶん投げ、最後の1発が後頭部に命中。ルドルフはトラックの中で気絶してしまった。



    この魚屋の主人は原作で最初に出てくる悪役。
    ここで重要なことは、魚屋はルドルフを捕まえて殺すために追いかけているということだ。

    「魚を返せば許してあげる」なんて言うわけがない。
    猫が咥えた魚なんて売れないしルドルフは常習犯である。駆除しなければ何度でも魚を盗みに来る。「はだしでかけてくサザエさん」だって猫を追いかけるのは魚を取り返すためではなく猫を捕まえることが目的なのは明らかだ。

    最近の感覚では残酷に思えるかもしれないが当時としては特に珍しくも無い。

    この原作が出版されたのは1986年のことだ。当時はまだキャットフードが一般的でなく、人々は猫に残飯を与えていたし放し飼いが当たり前。室内飼いなんてことができるのは純血種を飼っている金持ちを意味する。放し飼いである以上突然いなくなったり事故で死んでも飼い主はお構いなし。

    さらにイッパイアッテナの飼い主は引っ越すという理由で猫を置き去りにしている。
    これこそ80年代における飼い猫モラルの低さを象徴している。だからこういった猫が迷惑であれば魚屋のように猫をとっ捕まえて個人で殺処分することが許容されていた。

    ある意味このモラルの低さが猫社会のバランスを保っていたし、保健所の役目を担っていたと言える。魚屋のような猫殺しは今で言う保健所の殺処分だった。

    だからルドルフとイッパイアッテナというのは、猫の視点で味方になる人間がいる一方で敵もいるという人間社会に翻弄される厳しさを描いている。

    しかし、映画の魚屋はルドルフを殺そうとしない。

    映画版ルドルフが魚屋からししゃもを盗んだのは転んだ弾みで偶然咥えただけで意図的ではないし初犯である。魚屋も石を投げつけるような殺意は見せていない。代わりに魚屋が転んだときに飛んだブラシがルドルフに偶然当たったという描写に変更された。

    恐らく現代人のモラルに合わせてリエちゃんを非模範的な猫の放し飼い主にすることを避けたり、魚屋による猫への暴力を描くのを避けたのが理由だろう。

    この変更の問題点は悪役の消滅だ。
    作品内で猫を殺そうとする人間が居なくなり「人間=餌をくれる存在」に成り下がっている。

    悪役の犬も犬だ。
    原作では放し飼いだった犬が敷地飼いに変わっている。映画が短かったせいもあり悪役としての存在感も薄く物語に深みを持たせるほどの存在ではなかった。

    これらの変更により野良猫に対するという存在が消滅してしまっている。外を歩いて媚び鳴きすれば人間は餌をくれるし、犬は塀の向こう側にいて襲ってくることも無い。

    イッパイアッテナが問う野良猫の厳しさというのはなんなのだろうか?

    かわいい鳴き声で餌をもらい学校に忍び込んで文字の練習をすることなのか?

    そんな空っぽの物語を見て一体何を学べというのだろうか?
    原作が児童文学であることを忘れないでいただきたい。

    現代にリメイクするのであれば、せめて「保健所のような機関が野良猫の駆除を行う」といった描写を加えなければ作品の世界観は歪んでしまう。

    それとも、ルドルフを何度も轢きかける車が真の悪役なんだろうか?




    この映画を見た人に言いたいこと


    悪い点ではなく、この映画を見た人に言いたいことがある。

    まずは「野良猫に餌付けするなよ?」
    ということだが、する人はこんなアニメ見なくてもしてるだろうし誰かに言われたくらいで止めるようなら野良猫なんて今頃0になってる。

    以前こんなものを書いたことがある。

    犬にジャンクフードを与える「愛犬とごちそう」は悪いアニメか?
    http://baltomutt.blog59.fc2.com/blog-entry-536.html


    アニメの動物が模範的であるべきかどうかという話だ。

    結論から言うと表現の自由があるので必ずしも正しい描写である必要は無い。
    ルドルフとイッパイアッテナは餌付けする人間がいるからこそ成立する話であり、これを削除することはストーリーの根幹を揺るがすことになる。

    これは野良猫に悩まされてる人にとって嫌悪感を抱く内容である。それを理由に映画に星1つをつけるのも自由だ。

    だが、この理由で映画を批判する人は、どうか映画関係者ではなく現実にいる悪い飼い主にその矛先を向けて欲しい。
    アニメを深く考えずに見ている人がそういった批判を目にしても理不尽なものにしか写らないからだ。

    もちろん私もそういった表現が全く気にならないわけではない。
    せめてエンドクレジットの最後にでも動物の適正飼育に関する一文を入れても良かったとは思う。

    それでも、この映画の製作に参加した日本テレビが宣伝として放送した「ZERO CULTURE」の中で野良猫の保護活動を紹介するなど、映画の内容にフォローをする描写も見られた。

    動物愛護を取り巻く環境は変化している。それを知った上でこういった古い作品をいつまでも楽しめる社会であって欲しいと願っている。

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    Comment

    anonymous

    魚屋さんは、ルドルフを殺そうとしていますけど、悪というには理がありすぎるので敵役の方が適切では?
    • URL
    • 2016/09/18 20:58

    MASA

    私としては悪役も敵役も言い方が違うだけで同じものだと思います。
    迷惑な猫を頃すのは必ずしも悪ではありませんが、主人公の命を狙う存在を悪役と捉えるのは自然なことだと思います。
    • URL
    • 2016/09/18 21:25

    anonymous

    そうかもしれませんが、それでは銭型警部のような好敵手は敵役ではないのですか?彼は善や正義の側ですが
    • URL
    • 2016/09/20 15:19

    MASA

    たしかにそう考えてみれば(ライバル)は必ずしも悪役ではないですね。映画で魚屋は敵ですら無くなってますけど
    • URL
    • 2016/09/20 15:56

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    Author:MASA
    ディズニーなどの海外アニメが好き。特にバルトが大好き。本当に犬しか見てないわけではないけど動物キャラが好き

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