1年前の絵を仕上げた : アニメで犬ばかり見てるアニメで犬ばかり見てる

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    1年前の絵を仕上げた

    • 2012/09/11
    WTC.jpg

    ちょうど1年前に描いて放置していた絵をお蔵入りもかわいそうなので仕上げました。
    とは言ってもざっと描き足しただけなのでのっぺりしてます。

    (以下個人的なWTCに対する思い)
    私にとって911に対する感情は他の誰とも違う。

    NYや高層ビルが好きではあったが、好きなビルが失われたのが衝撃だったわけではない。大勢の死者が出たのも衝撃ではないし、世界情勢を知るきっかけにはなったがそれで人生が変わったわけではない。

    911当時の私は小4だった。そのくせに世界情勢やNYのスカイラインに興味があったため、911のニュースにはとてつもなく興味を引かれた。

    だが、中継は見ていない。9月11日は東京に大型台風が直撃した影響で報道は台風一色だった。ニュース好きな私は夜通しその報道を観ていたかったのだが、不覚にも親に寝るように言われていたせいでテレビの前から退けられた。

    しかし日本時間9月11日の午後10時頃、テロの報道の時私はまだ起きていた。なのに親はニュースを見ていながら私を呼ばなかった。そう、意図的に見逃されていたのだ。

    翌日から911のニュースがテレビに溢れかえる中、それに私はかぶりついた。しかしいくら見ても物足りない。事件を私の中に取り込むにおいて重要なことが欠けていた。それは911の「中継」という前代未聞の報道であった。その最重要部分を見逃した私は所詮、後の祭りの野次馬に過ぎない。

    世紀の大事件を見逃したことと、親は教えてくれなかったこと。これが私の中に永劫続く後悔となり、再び何かを見逃すのではないかという脅迫概念を生み出した。(他にも色々親の問題あったけど)

    気が付けば私はありとあらゆる情報を収集している。映像、画像、記事、風景…。他人の情報を受け取るだけでは物足りない。また何かを見逃してしまう。「記録したい」という気持ちが生まれた瞬間に記録しないとだめなのだ。

    今の私は常にカメラを持ち運ぶ。写真が好きなのではない。この世から刻一刻と失われいていくあらゆる瞬間を留めたいからだ。それは風景にとどまらず、事件、事故にまで及ぶ。むしろそれこそ本命なのだろう。

    2012年に自分が頭を怪我して救急車で運ばれた時、最も恐れたのは死でも痛みでもない。「誰もこれを撮影してくれないこと」だった。そこで俺は親に頼んで自分のケータイのカメラで怪我を撮影してもらった。その時は痛みも忘れて深い満足を感じた。

    だから私にとっての911は別の意味で戒めであり、忘れられない日なのだ。
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    MASA

    Author:MASA
    ディズニーなどの海外アニメが好き。特にバルトが大好き。本当に犬しか見てないわけではないけど動物キャラが好き

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