アニメの「バルト」はどこまで本当なのか その2 : アニメで犬ばかり見てるアニメで犬ばかり見てる

    アニメの「バルト」はどこまで本当なのか その2

    • 2011/07/15
    前回の記事アニメの「バルト」はどこまで本当なのかの続きです。
    史実の資料を基に映画のバルトを比較していますが、少し独自考察も混じっています。

    ジフテリアという病気について


    ノームで猛威を振るったジフテリア。アニメでは詳しい症状について語られていないが、よく観ると実際の症状の再現が行われている。

    まずジフテリアの初期症状として倦怠感、空咳、喉の痛み、発熱。
    そして病気が進行するにつれて喉から口に赤い腫瘍ができ、患者の免疫機能を蝕む強力な毒素を発生させる。この腫瘍が腫れ上がり壊死した細胞や血液の塊となって灰色がかった厚い「偽膜」を形成する。この偽膜は気道で増殖を続け患者の呼吸をじわじわと狭めて行き、最終的には患者の気道を完全に塞ぐことで呼吸困難による死に至る。このことからジフテリアは別名「絞め殺し屋」とも呼ばれていた。

    特にこの喉に症状が現われる「喉頭ジフテリア」は死亡率が非常に高かった。

    1880年頃に喉にチューブを入れて気道を確保する治療法が開発されるまで、喉頭ジフテリアを発症した児童の死亡率はほぼ100%というまさに死の病であった。

    そして1891年に馬の血液から精製された「抗毒素血清(アンタイタクシン)」が実用化され、世界中で猛威を振るい続けたジフテリアは次第に終息へ向かう。しかし血清の無いノームは打つ手が無く、特に免疫の無い原住民の伝染が深刻だった。

    diphtheria.jpg

    映画ではロージーが渇いた咳をし喉の痛みを訴えるシーンがある。そしてベッドに入ってからの呼吸困難による息苦しそうな呼吸音はジフテリアの症状を再現している。
    また、医者が「ワクチンがひとつもない」と言ったときにアスピリンに手を伸ばす描写があるが、これは喉の痛みと腫れを抑える意図だろう。ただ実際に使用されたかは不明。



    ジフテリアが発生したとき町に薬はあった


    アニメでは「もうワクチンが一つもありません」と言っているが、実際は犬橇が出発した時点で町に血清はあった。しかしノームの医者「ウェルチ」は血清の効能に懐疑的であっために処方を避けていた。

    たしかにジフテリアの症状を確認した時点で血清を使用していたら流行を抑えられたかもしれないが、これはウェルチに過失があったわけではない。当時まだジフテリアの抗毒素血清は登場したばかりで信頼性が低く副作用の恐れを抱く医師も多かった。それにジフテリアの初期症状はジフテリアと関係の無い喉頭炎や扁桃炎に似ており、安易に血清を処方することのほうが無謀だろう。
    そしてジフテリアの流行が確定してからは使用を解禁したが血清は8万単位(約6人分)しかなく、しかも6年前の古い物であったため効能に疑問があり血清輸送の必要に変わりはなかった。



    寝たきりマッシャーは脚色でもあり実話でもある


    John Johnson

    犬橇の進路を決定するのはマッシャーであり、主導権が人間にあるのは当然のこと。リーダー犬が人間の知覚以上にトレイルを見出すこともあるが、人間が操作しない無人同然のソリが長距離を正しく移動するのは不可能だろう。当然実話の血清リレーでマッシャーが映画のようにお荷物になったりすることは無かった。

    しかし、これに似た実話がアラスカには存在する。
    1910年の第三回オール・アラスカ・スウィープステークスという犬橇レースで「ジョン・ジョンソン"John Johnson"」(別名:アイアンマン)はレース終盤に雪盲と疲労でソリの誘導が不可能になってしまう。彼はソリに体を結び付け、リーダー犬のシベリアンハスキー「コリマ」に判断を任せ無事ゴールを果たす。しかも74時間14分37秒(14秒とする資料もある)という2008年まで破られることの無い最速記録を打ち立てた。このときジョンソンは「本当の勝者は私ではない、このリーダー犬だ!」と語っている。

    画像:1914年ジョン・ジョンソンとその犬橇チーム Repository: Library of Congress Prints and Photographs Division Washington, D.C. 20540 USA



    ノームで開催されていた犬橇レースは実際にあった

    All_Alaska_Sweepstakes_1912.jpg

    まさにそれがオール・アラスカ・スウィープステークス(All Alaska Sweepstakes)
    1908年から開催され、657キロのトレイルを速ければ3日で走り抜ける。犬橇が主要な輸送手段であったアラスカでは多くのマッシャーが賞金をかけてこのレースに参加し、勝者を予想した賭博で町中が熱狂した。
    しかし1920年代にはすでにノームの金採掘は下火であり、大規模な犬橇レースは開催されなくなっていた。映画冒頭で描かれている1925年頃のレースは小規模な物か、脚色で描かれたものだろう。

    さらにスノーモービルと航空機の登場により犬橇文化そのものが消滅しかけたが、1972年より「アイディタロッド犬橇レース」(Iditarod Trail Sled Dog Race)としてアラスカの犬橇は復活を果たし現在でも血清リレーのコースを再現したレースが行われている。

    ちなみにトーゴーという犬をリーダーに持つ「レオンハルト・セッパラ」(Leonhard Seppala)は1915, 1916, 1917年と3年連続優勝してる。これがスティールのチームが3年連続優勝している設定の由来と言える。

    Dr. Daniel S. Neuman. Photographs, 1911-1920. ASL-PCA-307



    ノームはバルトとボリスが野宿で生活できる環境ではない


    ノームはベーリング海に面し北極からの強烈な寒気が吹き付けるアラスカ辺境の地。真冬には気温が氷点下45度にもなり動植物はほとんど生息していない。さらに海と川は冬季には完全に凍結するため犬が捕食できる野生動物はいない。
    当時、ノームの橇犬は飼い主が短い夏の間に貯えた鮭の燻製などの食料を切り崩すことで乗り越えていたがアニメのバルトにそれは無い。もしバルトが食料の問題を解決していたとしても、ボリスは気温の問題で確実に凍死してしまうためアニメのような生活は困難だろう。




    スティール達が走った前半は存在しない

    2011y07m13d_210115404.jpg

    アニメではスティール達の犬ぞりがノームを出発し、ネナナの町まで走る描写があるが実際はそうではない。
    血清はチェックポイント経由のリレーで運ばれたわけだが、リレーに配属された犬ぞりチームは各地から集められたため「行きのルート」というものは存在しない。
    アニメで描かれているルートはネナナからノームまでの血清ルートを逆にしたもの。
    そもそもネナナにも犬橇はあるのにノームから行き帰りを往復させるのは二度手間でしかない



    (c)Universal Studios, Amblin, The Cruelest Miles, Nome Kennel Club
    アニメに登場したジフテリアと比較のために歴史的観点のジフテリアについて記述しましたが専門家ではなため医学的根拠への引用はご遠慮ください
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    Author:MASA
    ディズニーなどの海外アニメが好き。特にバルトが大好き。本当に犬しか見てないわけではないけど動物キャラが好き

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